解説:中嶋直敏(九州大学名誉教授)
2011年の東日本大震災と、福島での原子力発電所の事故により、「クリーンエネルギー」や「分散電源」の重要性が高まりました。この両者を満たす「電源」である「燃料電池」の素材として、カーボンナノチューブ(CNT)に大きな期待が寄せられています。私はこれまで、CNTを利用するための基礎・応用技術開発に取り組んできました。ここでは、CNTとは何か、これまで私が取り組んできた研究について紹介したいと思います。
CNTは、21世紀のサイエンス、ナノテクノロジーの基盤材料/素材である
CNTは、炭素原子(C)だけで出来たチューブ状のナノ素材です。単相CNT(SWNT)、 2単層CNT(DWNT)、 多層CNT(MWNT)などがあり、固体状態では束(バンドル)構造体を形成し、水や汎用の溶媒にはほとんど溶解しません。固体では素材として応用の幅が限られることから、CNTの利用拡大のためには、可溶化を行うことが必要になります。可溶化の方法には、「化学修飾法(化学修飾可溶化)」および「物理修飾法(物理修飾可溶化)」があります。これまで、基礎/基盤研究ではCNTを分散/可溶化する化学物質や分散法の検討が行われ、応用研究ではCNTを用いた透明導電性CNTフィルムの開発やナノ電子デバイス、ナノファイバーなどの開発が進められてきました。私たちは、CNTを利用した次世代の燃料電池開発のために、様々な基礎、応用研究に取り組んでいます。
CNTの基礎研究: CNTの可溶化について
CNTは溶媒に溶けない素材であるため、応用技術として利用するには分散/可溶化する化学物質および分散法の開発が必要になります。このことから私たちはこれまで、金属製SWNTと半導体SWNTの分離法開発に取り組んできました。SWNTは、金属製SWNTと半導体SWNTの混合物として合成されます。これらの選択合成は、現代の技術を持ってしても容易ではなかったため、分離手法を開発する必要がありました。分離法として、クロマトグラフィー法や超分子化合物などの手法を開発し、金属製SWTNを全く含まない半導体性のSWNTの合成に成功しました。
CNTの基礎研究: 複合材料の創生について
CNTと他の材料(有機分子、高分子、金属ナノ粒子)との複合による新しいCNT複合材料体のデザイン、創成研究にも取り組んでいます。ここでは、そのうち2つを紹介します。1つ目は、CNTと合成高分子との複合化による高強度・高耐熱性高分子フィルム作製です。ポリ(p-フェニレンベンゾビスオキサゾール)という物質に、CNTを添加することで、高い引張強度や引張弾性率を持つCNT複合体のフィルムの作製に成功しました。本技術は、金属代替材料としての利用が期待できます。2つ目は、CNT透明フレキシブル導電性フィルムの作成です。半導体には、可視光の透過性が高く、導電性を持つITO(サンカインジウムスズ: Indium Tin Oxide)が透明電極として使用されています。東レ株式会社の技術により、精密かつ均一な“ロールtoロール塗布加工”で、2層CNTを素材とする透明導電性フィルムの開発に成功しました。このフィルムは、従来のITOフィルムと比較して、高透過、無色透明で、カラー化での色再現性の向上に優位なうえ、緻密なネットワーク構造を持っています。そのため、折り曲げや引っ張り、衝撃に強く、耐擦過性、耐湿熱性に優れているという特性があります。
CNTを素材とする新しい燃料電池の開発
CNTを素材とした燃料電池では、Pt(プラチナナノ粒子)触媒を利用した技術開発を進めてきました。具体的には、ポリベンズイミダゾール(PBI)被覆によりCNT表面にPt ナノ粒子(NP)を担持する手法です。MWNT/PBI/Pt触媒を合成し、電解質膜接合体(MEA)を作製、ポリマー酸であるポリビニルホスホン酸(Polyvinylphosphonic acid: PVPA)で被覆した燃料電池を製造しました。その結果、120℃、無加湿下で、40万回サイクル試験後も作動可能な燃料電池触媒の開発に成功しました。本技術により作成したMEAは、従来型と比較して劇的に耐久性が向上しました。
燃料電池開発においてPtは有効な素材である一方で、非常に高価であり、埋蔵量も限られています。このことから、Ptを使用しない燃料電池の触媒開発にも取り組んでいます。私達が開発した「ポリマー被覆高結晶性CNT/ 均一スピネルナノクリスタル触媒」は、ピリジンポリベンズイミダゾール(PyPBI)で覆われたMWNTを素材として、均一なNixCo3-xO4ナノクリスタルを作製する方法です。本燃料電池は、優れた電極触媒活性および安定性を示します。現在、これらの触媒のさらなる高性能化を目指して研究を継続しています。