当バンクのような研究支援委託業務事業が海外でも展開しているのだろうか。グーグル検索をしてみた。結論から言えば、少なくとも英語圏に同様の事業はみられなかった。検索で使用したワードは、retired professor, second careers, human resources, faculty, outsourcingである。したがって、これら以外の用語でヒットする可能性はある。
代わりに、少なくとも英語で検索可能なアメリカ、イギリス、カナダには、退職教授のための互助的な組織があり、かれらの定年後のためのサポート活動が実施されている。
以下、アメリカの事例を紹介しておこう。
大学退職者組織
米国内の多くの大学では、それぞれ退職教授のための組織を学内に設置し、様ざまなサービスを提供している。ピクニック、観劇、絵画や音楽鑑賞、茶話会などの行事の開催、大学主催の事業(講演会など)への参加の権利、メンバー同士の交流などが提供される。また、相談サービスには、退職後の財政計画や生活設計などのコンサルティングを行う退職前相談も含まれている。
なかには、退職教授を教育プログラムあるいは研究活動に再雇用(recall appointment)する大学もある。たとえば、カリフォルニア大学では、同大の年金制度を受給する退職教授を教育、研究あるいは学事に従事することを目的に雇用する制度を導入している。雇用期間は1学期毎に更新される。退職教授の再雇用は、同大に不可欠な学問的ニーズと関心に資するものだと位置付けられている(注1)。
こうした個々の大学の組織を統括する大学退職者組織協会(Association of Retirement Organizations in Higher Education, AROHE)と呼ばれる全国組織もある(注2)。AROHEの活動の一つは、退職教授の組織が未だ不在の大学にその設立を促すことである。
アメリカにおける大学教授の退職事情
アメリカでは、1986年に導入された連邦雇用差別法により、年齢による差別が禁止され、警察官や消防士などいくつかの例外を除いて定年退職制度も存在しない。一方、日本のような終身雇用の慣行もないので、雇用環境は安定しない。ところが、大学教員には「テニュアtenure」と呼ばれる終身在職権がある。もっとも、テニュアの獲得は容易ではなく、博士号取得後、テニュア取得条件のある任期付の助手を6年前後務めたのち、審査を経てやっとたどり着くことができる。したがって、テニュアを持つ大学教員は自らが望む限り、在職できるのである。
しかし、アメリカの大学で教鞭を取られていた賀茂美則氏のブログの記事(2005年9月5日)によると、日本でも名の知られているような一流大学以外では、定年制がないからといって70歳以上の教授が増えてきているわけではないらしい。賀茂氏は、その理由として早期退職優遇制度と70歳以降も働き続けたいとは思わない人が多い点を挙げている(注3)。確かに大学教員に限らず、高齢アメリカ人の労働意欲はさほど高くない。OECDの統計によると、65歳以上に占める就労者の割合(2023年)は、日本の25.3%に対し、アメリカは18.7%である(注4)
賀茂氏の記事は20年近くも前の話なので、今日では事情も変わっているかもしれない。70歳を過ぎても心身ともに健康、社会で八面六臂に活躍するアメリカ人は多いようだ。筆者にも、ワシントン大学で活躍する80代後半の現役教授の知り合いがいる。そして、何よりも今度の大統領選挙は81歳(バイデン)と78歳(トランプ)の戦いである。
研究と教育に情熱を注ぎ、大きなやり甲斐を感じてきた元大学教授たちが、趣味やボランティアだけで満足するとは思えない。また、かれらが長年にわたって蓄積してきた研究・教育における業績とスキルが棚ざらしにされるのは、極めてもったいない。もっとも、定年がないとはいえ、教授職に止まり続けるのは簡単ではなさそうである。
定期的な厳しい評価によって教授としての資質が問われ続けるので、高齢在職者は結局のところ有名大学の当該研究分野で国内外に名の知れたような教授に限られ、大半の人は70歳前後で退職ということになるのではないだろうか。件の教授も、今でも年間数本の論文と1冊のモノグラフを刊行し、世界各地の大学での講義に飛び回っているカリフォルニア大学の再雇用制度は、研究・教育活動を続けたいという退職者のニーズを受け、同時に大学も人材を有効活用するという背景のもとに登場した。
しかし、アメリカのすべての大学で再雇用制度が導入できるとは思えない。地方や規模の小さい大学では難しいのではないだろうか。そこで、考えられるのが当バンクのような仕組みである。その意味で、当バンクはアメリカを始め海外にも通用するイノベーティブなアイデアなのである。
注1出典リンク:https://ucop.edu/academic-personnel-programs/_files/apm/apm-205.pdf
注2出典リンク:https://www.arohe.org/About-AROHE
注3出典リンク:https://ameblo.jp/yanatake/entry-10004029185.html
注4出典リンク:https://data-explorer.oecd.org/vis?lc=en&tm=DF_LFS_INDIC&pg=0&snb=1&vw=tb&df[ds]=dsDisseminateFinalDMZ&df[id]=DSD_LFS%40DF_LFS_INDIC&df[ag]=OECD.ELS.SAE&df[vs]=&pd=2010%2C&dq=…_T.Y_GE65.&to[TIME_PERIOD]=false&lb=bt
文責:衛藤幹子(2024年7月14日)